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「カーネーション」椎名林檎 解読 私の見解

花にまつわるよしなしごと

「カーネーション」歌詞

小さく丸めた躯は今
かなしみ隠し 震えて
命を表しているのね

重く濡らした瞼は 今
よろこび映す日の為
心を育てているのね

かじかむ指ひろげて
風に揺れ雨に晒され
遥か空へ 身を預けて
生きよう

何も要らない 私が今
本当に欲しいもの等

唯一つ 唯一つだけ


この歌は「カーネーション」というドラマの主題歌ときいておりますが。

単純にドラマの名前にあわせて歌詞を拾ってきて突貫で作った。というわけではないと私は思うのです。(^_^)

この歌を聴いたとき最初に感じるのは。
「子守唄」
母が生まれて間もない赤子をその胸に抱き
揺り籠のようにゆっくりと揺すり唄う
あの「子守唄」です。

母親の腕のなかで育っている愛しい小さな命
その命は体を丸めたり、時には泣いたりしながら、すこしづつ成長していく。

そんな場面から この歌は始まります。

全体に強い「母性」を感じさせる唄ですが
途中で穏やかな曲調から、ガラリと印象の変わる一節があります。

“「~かじかむ指ひろげて」“のところです

まるで軍隊の兵士のように武者震いをしているかのような一節です。そのあとに続く歌詞

“「風に揺れ雨に晒され」“

“「遥か空へ 身を預けて
生きよう」“

これは人生の過酷さ。世間の冷たさ。

その中で赤子をしっかりと抱きしめて生きていかなければならない「母親」としての「武者震いのような強い感情」を表しているもののように見受けられます。

「人生の雨風が強くたって。世間の風当たりが冷たくたって。凍えて縮こまっているわけにはいかないのです。身を奮い立たせて両手を拡げて歩いていかなければ!」

この強い一節は
そんな母親の姿を表しているのではないでしょうか?


そして忘れてはいけないのが
この唄を作った方は
「椎名林檎さん」であるという事です。

林檎さんには娘さんがいらっしゃいます。

この唄を書きながら、林檎さんもきっと自分自身の娘さんの事を思ったに違いありません。

林檎さんが幼い娘さんをその腕に抱きながら優しく揺さぶり。この唄を小さく口ずさんでいる姿を思い浮かべればもうそのまま。 この歌詞の意図を容易に想像することができるような気が 私にはいたします。(^_^)

この歌詞の最後の一節


「何も要らない 私が今
本当に欲しいもの等

唯一つ 唯一つだけ」“

気になっている方も多いと思うのですが


“本当に欲しいもの“とは

さて、なんの事でありましょうか?

“何も要らない“

“欲しいもの等 唯一つ“


ここで、思い出すべきなのは
この歌の題名が「カーネーション」であること。

この歌の中の母親は多くを望んでいません。
ほかにはなにも要らないというのです。
そうです。
「カーネーション」以外には。

この歌に出てくる母親が。または作者の林檎さんが。
本当に欲しいものは

「カーネーション」だと 私は思うのです。

赤いカーネーションは母の日に子供から母親に贈るプレゼントです。この花には、子供からの母親への感謝の気持ちと、母親への愛がつまっているのです。

これは、まさに母親の腕のなかに守られていなければ生きることのできなかった赤子が、自分で歩けるようになった後にこそ。やっと
母親に手渡すことのできるものであり、子供の成長を真に表しているものでありましょう。

赤いカーネーションの花言葉は
「母への愛」「母の愛」「真実の愛」

“この子さえ居てくれれば他には何も要らない“

そんな母の愛情を表した素敵な子守唄のような曲だと思います。
そしてはたまたこの唄は
世の全ての母親達への子守唄かもしれません。

そんな風に 私には思えたのです。

でもいつかは

別れの日も必ずやって来ます。

母と子の別れの日です。

“カーネーションの白“には

「亡き母をしのぶ」「私の愛は生きている」

という花言葉があるのです。

白いカーネーションは、亡くなった母に贈る花でもあります。
“お母さん もう一緒に居れないけれど私はずっとお母さんを愛してるから“

そんな言葉が聴こえてきそうじゃありませんか?

そして、亡くなってしまった後も母親の
子供達への愛は生きているのです。


まとめ:

「カーネーション」椎名林檎
は「子守唄」である

腕のなかで必死に息づいて
脈々と育っていく愛しい命
その命を抱きしめる母

子供を育て愛しながらも
世知辛い世間の中を
母は心を奮い立たせて
強く生きていかなければ。
強く生きていく。その決意

母は多くを望んでいない

もしも欲しいものがあるなら
カーネーション唯一つだけ

“この子さえいれば他に何も要らない“

カーネーションは子供の成長を表し
母から子へ、または子から母への愛

“お母さんありがとう。愛してる“

母と子の別れがきた後でも

その愛は生き続ける。


それだけでいい。



























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「花の真価」

花の教典



そろそろ皆様の街にも
桜が咲ますでしょうか?(^^)

"満開の花"はとても迫力があって綺麗ですが

花弁がはらはらと
散り始めた花もまた格別に美しいものですね(^^)

"散り始めた花"が美しいのはその"永遠には続かない美しさ"という儚さから来ているのでしょう(^^)

日本人は特に"儚きもの"を愛する人種だと言われています。

形あるものはいつか必ず壊れる。よく知られた話ですが

それは、私達の"人生"も同じなのかもしれません。

"花の真価"は
その美しい姿が少しづつ無くなっていく"散りぎわ"に一番発揮されるように思われます。
散りぎわには

少し咲くのが遅れて、まだかまだかと待ち望まれるほど
そして
美しく咲いた花であればあるほど。

長く持ちこたえ咲いていた花であればあるほど。

その最後を惜しまれ
人の心を強く惹き付けるものです(^^)

"人生の真価"もその散りぎわに一番発揮されるのかも知れません。

それこそが、人生の意味のヒントになるのではないでしょうか?(^^)


「一糸まとわぬ美しさ」

花の教典



花はお化粧もしない。服も身に付けていない。
それでも美しいのは 気まぐれに咲くことや
芽吹きから散るまでの間
色や形が変化していくことや。
雨の露をその花弁や葉にのせて
一生懸命その水を吸って作られる
光沢のある花弁をしてその花が"生きている"
というところではないでしょうか?(^^)

それはちょうど私たち人間が呼吸をしたり。
水分や食物を摂取したり。感情が美しいグラデーションの様に変化し 笑ったり。泣いてみたり。
呼吸をして無意識に心臓を動かすのと似ています。

私やあなたの身体が 鼓動して体温をもって
今 目の前で生きている。
それ自体がなにやらとても愛しいと感じます。(^^)
それを知って喜び。必要な栄養をとり
不必要なものは追い出して
バランスを整えて"命を輝かせる事"
そうしたら私たち人間の身体は
お化粧をせず 服を着ない状態で居る時こそ。
一番"美しい"のではないでしょうか?(^^)

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